午前五時の殺風景

ミステリとホラーを好む社会人。音楽もたまに。日々言葉が死んでいく。

ミステリー・オーバードーズ 感想・レジュメ1

白井智之の記事が多め。

最近ルービックキューブにはまりました。

 

さて今回は、今年5月に発売された『ミステリー・オーバードーズ』(著:白井智之)という短篇集を読んだところ、まさに脳汁濃縮ベースの美味しい闇鍋短篇集だったというお話をしようと思います。

 

今をときめく(?)白井先生の作品。様々なタイプのミステリ的面白さ、仕掛けがてんこ盛り。食をテーマにした短編を五作品収録。1600円+税で痺れる展開とロジックを堪能できるのです。買うしかないよね、すぐ買えるようにAmazonのリンクも貼っておくね。

 

以下、収録作全五話のあらすじを紹介後、ネタバレ有りで咀嚼します。

ただ、書いていたら想定より長くなってしまったのでネタバレ話は2話目まで。

(#2はまた後日アップ予定です。)

設定がすごい、グロい、だけで終わらないようにしていきたい所存。

 

 

 

あらすじ

【グルメ探偵が消えた】

本書書下ろしの完全新作が一作目に登場。

巨漢で、満腹になると推理が冴えわたるという奇妙な探偵のアレックス。ある日、元助手のティムは、彼とその母親が消失したことを警察から知らされる。過去にアレックスに恨みを持った者の犯行だと疑い、調査を進めていくティムだったが……。

あなたもご飯が食べたくなること間違いなし。食事前におすすめの一作です。

 

【げろがげり、げりがげろ】

二作目は、タイトルから嫌な予感が吹き抜ける奇抜な異世界転生もの。

映像制作プロダクションに所属する廣田は、AVの撮影のADを担っている。その日撮影現場に現れたAV女優は、幼馴染の春香だった。意外な形の再会に複雑な気持ちになっていた廣田だが、撮影の休憩中に異世界へ転生してしまう。しかもその世界では、春香が殺されていた。

こんな異世界転生は嫌だランキング(表染脳内調査)No.1を誇る衝撃作。

初掲載は『小説宝石 2020年11月号』

 

【隣の部屋の女】

三作目は、白井作品らしからぬ平穏な日常から話は始まる。

妊婦である田代梨沙子は、園畑のマンションへ旦那と共に引っ越してきた。ある日、隣の部屋に住む東条桃香が拉致されている様子を目撃してしまう。警察はあてにならない、夫も他人には興味がない、ならば自分がと独自で東条の行方を追う梨沙子だが……。

どぎつい二作目のあとにはちょうどいい、シンプルなのにテクニカルな一作。

初掲載は『小説宝石 2020年2月号』

 

【ちびまんとジャンボ】

四作目はみなさん大好きな大食い企画がテーマのお話。

フナムシの大食い王決定戦の最中に、参加者であるアイドル系フードファイターのちびまんが死亡した。司会を務めた肉汁すすむは、運営責任者に詰問され事件の真相究明のため動き出す。

気狂い達の織り成す汚い物語の中で、鋭い推理が炸裂する作品。

初掲載は『小説宝石 2018年12月号』さらに『本格王2019』にも収録。

 

【ディティクティブ・オーバードーズ

最終話は問題作、そして傑作! これだけでも読んでほしい!

歌舞伎町で探偵をしている篤美は、滝野によって呼び出された。かつての師匠である白川の死から十年が経過したため、記念に弟子達皆で集まろうというのが目的だ。白龍館に集まった探偵たちは、館に入ると死体を発見、更に火山ガスの噴出により館に籠らざるを得なくなってしまう。事件解決のため各々推理を始めるが……。ここから物語はとんでもない方向へ動き出す。

初掲載は『ジャーロ NO.74』

※誤りがあったため2021/10/12訂正

 

さて、以下はネタバレ有りの話となります。

読了している方は、スクロールしてお進みください。

 

 

 

ネタバレ有りのお話

 

【グルメ探偵が消えた】

では内容を簡潔に振り返っていきましょう。

 

アレックスは体重が増加した死体となって発見された。

そしてティムは調査をしていく中で、1つの推理を組み立てた。二十七年前にティムやアレックス達がホルヘの縄張りでMPを配ったのがきっかけで、この事件は起こった。(MPとは、元はタリウムの解毒剤として作られた化学物質であるが、実は食欲抑制ホルモンをコントロールする働きがあり、空腹時には満腹に、膨腹時には飢えを感じるようになる。)ホルヘは自身の娘が死んでおり、その事件の真相を解明するためにアレックスを誘拐したのだ。アレックスは食べることで推理力が解放されるため、ホルヘはわざとアレックスを太らせたのだ。

しかし、この推理ははずれ。真相は、ホルヘの娘(実は生存している)が犯人だった。ティムは終始、飢餓児を救うことに尽力した善人として書かれていたが、本当はMPを求めた飢餓児に何も与えず見殺しにしていたという過去があった。ホルヘの娘はティムとアレックスに復讐として飢餓感を与えるため、猛毒のタリウム入りのスムージーを大量に飲ませ、MPを解毒剤として与えることにした。スムージーで満腹のところにMPを投与されれば、飢餓感で苦しむことになる。しかしタリウムで死なないためにはMPを飲み続けなければいけない…。ティムはチューブで強制的に鼻からスムージーを流し込まれて終わるのだった。

 

こちら、だいぶダークな結末となる作品でした。私はこういうの好きなんですけど、皆さんはどうでしょうか。ティムは残酷なことをされているけれども、結局悪人であるティムが苦しむわけだから正義が勝つ物語なんですよ。ハッピーエンド!

この話が面白いのは、多重解決の新たな一面を見せてくれたと感じたからです。

多重解決の良さは、一度組み立てられた推理の抜けに付け込み一気に破綻させるところだと思っています。盲点を突かれるのってやっぱりインパクトが大きい。でも本作は、推理の穴を突くというよりも、アイテムの意味合いを180度転換させたことによる衝撃が大きかったのかなと思います。

登場したスムージーですが、ティムの推理では「母親を気遣ったアレックスの意思で提供されたもの」という心温まる意味合いで使われていました。ですが真相に辿り着くと、スムージーは拷問器具と化してしまうのです。残酷な監禁がティムの目の前に迫っているというのに、全く気が付かず好意的に捉えて推理をしてしまう。この愚かさが好きですね。

伏線というには大胆過ぎるあからさまなヒントのスムージーを出しておきながら、ここまで読者を裏切る展開を持ってくるというのは、性格が悪いというかなんというか。

更にP28には、白井作品にしては珍しく、トニーとティムが抱擁をするシーンが書かれています。理不尽なセックスばかりを書く白井さんにしては珍しいなと思ったのですが、これは後に、ティムがトニーを助けるためにタリウムを摂取し続ける鬼畜デスゲームの印象を強めるために書いているわけです。

ちなみに少し登場したティムのデビュー作『七面鳥殺人事件』ですが、何故“七面鳥”を出したのでしょうか。調べてみると、メスの七面鳥は体長が60cm、体重6~9㎏ほどで、太りすぎのため歩行も困難だとか。(表染調べなので信ぴょう性は薄いですが。)まさにティムの結末を想定したかのようなセレクトなのでした。

そして最後に見てほしいのは、本書P7にある

 

「後にわたしは、この事件によって胃がちぎれるほどの苦しみを味わうことになるのだが」

 

言葉通り、胃を散々いたぶられることになるという皮肉な一文でございました。あはは。

 

 

【げろがげり、げりがげろ】

さあさあやってきました異世界転生もの。私はラノベを読まないので異世界転生ものに触れたことがないのですが、みんなこんなかんじなのかな?(絶対違うだろうな。)

これは一作目とは逆に、伏線がうまいところに隠れている作品でした。

 

口と肛門の機能が逆転した世界に飛ばされてしまった廣田は、真相に辿り着いた。

廣田は計二回頭を打っていた。車にぶつかり飛ばされた12時28分と、その後トイレに駆け込み段差に躓いた時だ。口から排泄物を出す山根と肛門にこんにゃくを突っ込む春香を見たせいで、車にぶつかった際に転生したと思い込んでいたが、転生したのはトイレに駆け込んだ時だったのだ。(読者的には車に引かれたら転生するという先入観もあり引っかかるポイントとなっている。)山根は下痢の事実を隠すため、春香はAV監督の渡鹿野を殺すトリックの一環でそういった行動をとっていた。

そして、春香を殺したのは渡鹿野である。食事に出かけていたためアリバイがあるように思われたが、そもそも殺害現場のAV撮影場所≪パンバニーシャ号≫は、移動式の車だ。春香は渡鹿野のあとを車で追いかけており、その際に殺された。渡鹿野が車を運転して元の車の停止場所に戻れば、アリバイは崩されるというあっさりした仕掛けだった。

そして最後、廣田は春香の妹である夏希に車を衝突させて終わる。春香の願いだった「夏希にミニモニ。みたいな人気者になったところを見せたい」を廣田が叶えるためである。

 

平和な終わり方になっているように感じますが、廣田は捕まってしまいました。口に歯が生えた気持ち悪い生物だと思われながら、暫くは刑務所で過ごすのでしょうね。大丈夫なのか……。

一方夏希ですが、転生した彼女は実は案外幸せかもしれません。というのも、元の世界の彼女の病気は≪重症筋無力症≫と書いてあります。聞いたことがなかったので調べたところ、筋力が低下していく病気で、2つあるタイプのうち全身系というタイプの場合、嚥下が困難になったり、更に重症化すると呼吸すらままならなくなるそうです。しかしげりげろの世界では、P69には

 

『ご飯を食べるのと息を吸うのが別の器官ですから、誤嚥は起こらないんじゃないか』

 

と書いてあります。夏希がげりげろ世界に転生しても、食事は口からではないので問題ありません。手術などをすれば肛門から食事の摂取が可能になり、元の世界よりも幸せに生きられる……廣田はそう考えたのではないでしょうか。

そして、先程タイプが二つあると書きましたが、もう一方は眼筋系で、瞼が垂れ下がってきます。げりげろ世界の夏希と同じですね。眼筋系から全身系に移行し悪化していく人もいるようなので、症状の重かった元の世界の夏希は、全身系だったのだと推測しました。

 

ここまで緻密に組み立てられていることが白井作品の魅力なのですが、よくできている伏線について、もう少し書かせてください。

 

廣田が異世界転生のタイミングを誤認した一つの要因として、頭を打った直後、お婆さんとの会話に齟齬が生じたことが挙げられます。おばあさんはコンビニの宣伝を見て「たいやきはどこから食う?」と聞かれている思ったが、実際、廣田は「飯はどこから食う?」と尋ねていました。初読の際、私は「こんにゃく、魚肉ソーセージ……少し卑猥な雰囲気が漂うな。でもたいやきかあ、それだけは平和なワードだなあ」と思ったので、妙にたいやきが印象に残っていました。いいところにヒントがあったものですね、完敗です。

白井智之のこの伏線が好きランキング1位に挙げたいくらい。

 

 

中途半端ではありますが、やっぱり長めになってしまったので、残り3作については後日アップする#2をぜひ参照ください。