午前五時の殺風景

ミステリとホラーを好む社会人。音楽もたまに。日々言葉が死んでいく。

モーティリアンの手首 考察

先日初めて高速道路を運転しました。
事故ってないです。


さて、先日は紹介しかしなかったのですが、白井智之『モーティリアンの手首』の考察をしていこうと思います。
毎度のことですが、私の考察はぼやきみたいなものなのですが……。


あらすじの下からネタバレゾーンが始まります。ごりごりにオチの話をしますのでご了承ください。

あらすじ

30000年ほど先の話。神がいると言われるポスタ島には、モーティリアンという奇怪な生物が生息していた。
その生物の化石は希少価値があり高値で取引されているため、ムリロ・シウベラ・プージャは化石を掘り起こすために立ち入り禁止となっているポスタ島を訪れる。そして掘り起こされたのは、モーティリアンの手首。
何故手首だけが見つかったのか? 遥か昔に何が起こったのか? 古き歴史に思いを馳せ、辿り着く真実とは?

以下ネタバレ注意!!!

登場人物?紹介

アルドー(異星生物)
・ムリロ
・シウベラ
・プージャ

モーティリアン(人間)
・大谷真人:考古学者
・山尾棉子:国会議員
・阿良又宗郎:弓道
・越智浜代:大谷の妻、県議会委員

序盤ではモーティリアン=異星生物、アルドー=人間、というふうに見せていた。
しかし話が進んでいくにつれ、それは逆だとわかる。読み返すとアルドーがモーティリアンに対して「目ん玉が多い」と言って馬鹿にしているシーンがあるが、アルドーは一つ目の怪物なので……。

時系列の整理

2070年
大谷が生まれる

2093年(29962年前)
ゴミ処理施設(恐らくこれが放射性廃棄物)の反対運動が起こり、賛成派の12人が失踪。11体の死体が発見される。
(この時何が起こったのか……文中にヒントはなかったように思うけれど、見落としかも?)

2107年
宇宙生物学者のハカ・タファリャがポスタ島のモーティリアンを発見する
(地球上の日本に住んでいる人間を発見した、と置き換えても問題ない。ムリロは「粉を吸って月でも見ながら寝たほうがまし」と言っているので、月を衛星としている地球が舞台であることは明らか。また、ポスタ島で地震が起こった・ポスタ島は地震が多い島との描写もあり、日本を想起させる。)

2122年
例の会報が出版される

2126年
山菜取りに行った老人が姿を消す

2127年
侵略開始
(発見から攻撃まで20年もの時間があったことがわかる。アルドー達は時間への意識がモーティリアンとは違うようだから、彼らにとって20年は短いのかもしれない。
……という考えもできるが、メタ的に言えば、謎解き上使用される死体達には"しるし"が必要になる。20年の間、アルドーがモーティリアンを観測する過程で"しるし"の雨を降らせていたとすれば、山菜老人も処理場推進者もどちらの死体も使用可能だ。だから20年の空白があったのだろう。)

2128年
大谷が命を落とす
(大谷は化石になることなくごくごく普通に死んでいる。あの場所で死んだのは万が一自分の死についての記録が残った場合を想定してだろうか?)

31855年
ポスタ島が立ち入り禁止になる。
(アルドーの為政者達の間では、もしかして最終処分場についての話は知られていたのでは? 加えて地震も多いため、リスクを考えて立ち入り禁止区域にしていた?)

32055年
モーティリアンを観測する朒波計が開発され、モーティリアンの化石を容易に発見できるようになる。

現在
3体はモーティリアンの化石を探す


オチについて

ごりごりにオチに触れていく。ここからは用語の使い方が難しくなってくるが、一応物理学科卒の私が書くため、もし間違っていたら単に私の勉強不足である。申し訳ない。

さて、ラストに出てきた最終処分場だが、これは放射性廃棄物の廃棄場所を指している。

まず放射性廃棄物について触れていこう。
放射性廃棄物は、通常ガラス固化体となりプールに沈められる。プールというのはご想像の通り水の溜まり場で、水が放射線量を指数関数的に減衰させる能力を持っていることからこういう処置がされている。
(気になる方はもっと調べてみて。YouTubeにそういう動画も上がっているから。)

しかしこれだと、プールの水が放射線のエネルギーで蒸発してしまったり、人の管理が行き届かなくなることが懸念されている。
放射線がその危険性を失うまでに10万年かかると言われているくらいだ。そのため、人類は最終処分場を別に設定する必要がある。その一つが、地下に埋めるということ。
300m以上地下で、かつ地盤が安定した(地震による断層、噴火がない)場所であることが望まれている。

参考↓↓↓
放射性廃棄物の適切な処分の実現に向けて|スペシャルコンテンツ|資源エネルギー庁
1からわかる!核のゴミ(1)そもそもどんなものなの?|NHK就活応援ニュースゼミ

ここで本作に話を戻して、アルドーの習性について考えていこう。
彼らは放射性物質の雨を降らせ、人間にくっついたそれを感知し襲っていた。(放射能が高い範囲を感知していた、というのが正しいか。)
これが、アルドーが放射性物質に耐性があったことを示すのか、耐性がないけれども惹かれてしまう習性を持っていたのかはわからない。
ただ、感知した場合「そこに餌がある」と考える種族という事は間違いない。
実際に2127年頃の人間達もそう考え、

この物質を使って怪物達を誘導し、許容値を超える高濃度の放射線を浴びせてDNAを破壊すれば

という案が出ていた。

そこで大谷が仕掛けたトリックだ。アルドーは地下350mに埋まった大量の放射性物質目掛けて突き進むだろう。そしてそこに達した時、恐らく彼らの体の細胞はぼろぼろに崩れていく。(彼らの体が安定した元素でできていれば、影響は少ないのかな?ただ体の細胞が、安定した金属でできているとはとても考えられないし、有機物なら脆いと思うけど。わからない…)
これを持って、むやみやたらに化石(地球)を貪る未来人に警鐘を鳴らそうとしたのだ。なんと長い復讐だろう。なんて恨みが強いんだろう。

ちなみにプージャが体調不良になったり流産したりという話もあったが、もしかしたら放射性物質の影響かもしれない
彼ら3体は自分たちが放射性物質を感知していることも理解していないようだったし、吸っていた粉というのはかつて人間達に降り注いだ「放射性物質の雨」と同じものかもしれないが、どうにも確認が取れなかった。


疑問点

ひとつめ

一つ目は、日本に最終処分場を作ることが可能なのかということ。これは白井先生に対してではなくて、純粋にそういうお仕事の方々に聞いてみたいなあと思った。
地盤の安定するところがなかなか無さそう…かと言って、他の国に引き渡すわけにもいかないだろうけど。

ふたつめ

二つ目は、月の満ち欠けの周期が極々わずかに短くなっているという話だけど、調べた限りネットで手軽には見つからなくて、どこまで調べたんだろうかと気になった。
白井先生の専攻はそもそも理系ではなかったので、(元が相当優秀であろうことを加味しても)これをトリックとして使うとなると、調べるのが大変だっただろう。
結果的に写真の日付は違っていたわけだし、正確に読者が満ち欠けを計算しようと思ったら複数の軌道の重ね合わせで計算をしなければいけないので、そんな人はいない(と信じたいよ流石に)だろうし、問題ないのだけれど……この短編を書くために色々な知識が詰まっていて、私は過去の白井短編には無い感動を得た。
暦Wiki/月の満ち欠け/周期の変動 - 国立天文台暦計算室

ちなみに真面目に考えてこうして調べて書いてくださっているファンの方もいらっしゃった。(私とはまた違う点を考察されているのでぜひお読みください。)
現実と小説内のリンクは無さそう。フィクションであることを強調したのかもしれないし、あるいはパラレルワールドか……。
はじまったばかり。 - モーティリアンの手首/白井智之 考察

みっつめ

最後に。この小説の核になるのは「死体のカモフラージュのために死体を使う」というネタだが、これ自体は某古典名作短編とか、某ジュブナイルミステリとかにも出てくる。
しかしそれを白井智之流にアレンジすると、ここまで凝ったネタが出てくるのか……圧巻だ。ネタバレ防止のためにタイトルは書かないでおくが、出会えたらまたこの短編を思い出してほしい。
怪物が襲ってくる過程でも、私は映画の『クワイエットプレイス』を思い出したが、皆さんはどうだっただろうか?

余談とか感想とか

ちょっと面白いのが、アルドー達がかなり脳筋なこと。放射性物質のことに気づいていないし朒波計の開発にも時間がかかっているのに、モーティリアン殲滅は爆速だったの、どう考えてもパワーバランスの偏りがすごい。脳筋モンスター

しかし多重解決をしている部分からもわかる通り、基礎的な論理力はあるようなのでこれもまたアンバランスで面白い。

まあ何はともあれ、彼らがどんな結末を迎えることになったとしても、私達人類が滅亡した時にここまで真剣に過去を推理しようとしてくれる生物がいるのならばありがたい。
何千年もの歴史を作ってきた甲斐があるというものだ。(私は何も寄与していないが。)

できることなら、この小説を解読しけらけら笑ってくれるような異星生物に侵略されたい。