午前五時の殺風景

ミステリとホラーを好む社会人。音楽もたまに。日々言葉が死んでいく。

【白井智之のすすめ】納得できないくらいなら

 前回の記事からだいぶ期間が開いてしまいました。長らく読書欲が低下していたからですね……読まないと書く気力もわかなくて。しかし読書の秋とはその通りで、9月に入った途端いろいろと読み始めました。夜が長いし、気温もちょうどいいし、部屋に入ってくる風も気持ちいいし、新刊もたくさん出たし、増税前に買い込んだし……はい。

 

 今回は、ネタバレを避けて白井智之先生の魅力を語りたい! 彼の作品がとてもとても好きなんですよ。去年12月に一冊、今年9月に二冊(一冊は文庫化)作品が出たし、トークショーにも出席されていたので、これはもう布教するなら今しかないのかなあと思いました。

 どこが面白いのかよくわからん、何から読んだらいいか困っている、好きで好きでたまらない……という、あらゆる方に何か伝わるような内容が書けたらいいなあ、と意気込んでおきます! 頑張るぞ!

 

 

 

著者紹介

 ではまず紹介からしていきましょう。

 白井智之、1990年生まれ。出身は千葉県印西市で、東北大学法学部卒。大学ではSF・推理小説研究会に所属しており、当時から執筆は続けていた。現在兼業作家として鋭意活動中。ちなみに名前は本名だが、Twitterは同級生たちに見つかりたくないので別の名前でやっているらしい。(むしろあの作品を本名で出版する勇気があるんだな……。)綾辻行人氏からは『鬼畜系特殊設定パズラー』との異名を授けられた。

 エログロミステリの書き手として約年一冊のペースで刊行をしている。作品には変わった名前の登場人物が多く出てくるが、これは作者自身名前を付けるのが苦手であり、そもそも世界観に合わせるには現実味のない名前のほうがいいという理由からである。また、現在刊行されている単行本にはすべて『監禁』が出てくるが、本人はそのことに編集者から指摘されるまで自覚がなかった(?)。作中には暴力、人間関係の不和が多数出てくるが、虐待やいじめなどのニュースを見て気分が落ち込んでしまうほど繊細な人物らしい。

 

『監禁が多すぎる』白井智之|講談社文芸第三出版部|講談社BOOK倶楽部

気持ち悪いのにクセになる 白井智之ミステリーの世界観が全開「お前の彼女は二階で茹で死に」|好書好日

 

 上記の記事や雑誌でのインタビューなどからまとめるとこんなかんじです。あとはwikipediaの記事でも読んでいただければ十分なのではないかと。(誉め言葉なのですが、)「どこで何を学んでどういう教育を受けたらこんな作品が書けるんだ?」と思っていたらまさかの東北大学”法学部”……なるほど、なるほど……良い教育だ。

 

魅力だらけの作品

 さて本題だ。ここから、私が思う白井作品の魅力を書いていきます。これを読んで自分の感性に合いそうだと思ったら読んでください。

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私の本棚の一部

 

倫理はないが知性はある

 これが一番、良くも悪くも特徴的。好き嫌いが分かれる決定打。

 白井作品の登場人物には、基本的に倫理観がないです。邪魔な人間はすぐに殴るし殺すし、抱けそうだったら無理やり抱く。だからこそ、異臭が立ち込めていそうな不潔な世界が出来上がっています。例えるなら、血と、胃液と、脳漿を粗くミキサーで混ぜたどろどろの風呂の中でセックスしてる感じ(比喩が下手でしたごめんなさい)。

 でもその分、知性があるんですよね。倫理的思考がない分、すべてが論理に従った行動になっている。だからごてごてのロジックミステリが好きな人には絶対刺さる。

 私は本に感情移入して読んでしまう分、犯罪の理由が納得できないものだったりすると「え、そんなことで…? えー……まあ、そうか……」と、もやもやしてしまいがちなのですが、白井作品はすっきり読めます。登場人物たちの中にある意思がはっきりしていて、その目的のためだけに殺人を繰り返す。それが非常にシンプルだから。

 確かに文学表現として正しいかというと、人間が書けていないとか、作中の被害者があまりにも可哀そうでカタルシスに欠けるとか、そういう指摘があるのもわかります。でも、「納得できない理由を聞かされるくらいなら、黙って殴ってくれ」と思う時だってあるし、そういう人のための本が何冊か存在したっていいと思うんですよね。ほら、狂気で救われる人もいるじゃないですか。(平山夢明の『無垢の祈り』を読めばわかるよ)

 

 

【お前の彼女は二階で茹で死に】

 この本は、『ある登場人物が誰をレ○プしたのか?』が全編でキーになってくるお話です。(下品な言葉が満載なので、特に女性は注意して読むか読まないかの判断をしてほしい。)

 一度だけ女を抱きたかったからレ○プをしただけなんですよ。そんな単純な感情が、事件に複雑に絡み合っていく様をご覧ください。

 

怒涛の多重解決

 これは、世間で認知されていそうな白井作品のおすすめポイント。とにかく多重解決がすごい。一つの事件につき、着眼点を変えて、緻密な推理からトンデモ推理までなんでもござれの詰め込み放題。だから作品によって、異様に推理パートが長いこともある。

 一つ一つの推理に目を当てていくと、確かにレベルのばらつきは大きいかもしれません。しかし読んでいてもあまり気にならない。それは何故かというと、先程書いた世界観の影響が強いせいだと私は考えています。

 全員が我欲を持っていて、そのためだけに行動している(さっきみたいに「レ○プがしたい!」とかね)。その中で、突然正論っぽく筋道の立った話を吹っ掛けられたら、理性の高低差が大きすぎてこっちは驚くわけですよ。「お前そんな知的なキャラだった!?」と何度思わされたことか。そして冷静になる間もなく、次の推理が展開されていく……このテンポの速さというか、読者を置いていく勢いで論理を振り回しているところが、ごっちゃ煮推理を成立させているんでしょうね。読めばわかるから読んで。

 

 

 

【そして誰も死ななかった】

 白井作品史上最もカタルシスがあり、推理パートがあほみたいに長く、下品じゃない作品。そして推理の幅も大きい……。個人的には、真相よりも中盤で却下された推理の方が好みだったけど、どの推理も面白かった。後半で絵面としての動きが減ってしまうから読むのが大変かもしれないけれど、そこは我慢して読んでください……。白井入門としてどうぞ。

 

 

伏線? 性癖?

 白井作品はとにかくグロテスク! 描写がリアルで気持ち悪いというよりは、まったく悪びれることなく描写している感じが気持ち悪い(褒めてる)。

 ただ、全部が全部作者の性癖だと思って読むと大間違いなんです。後半になってから絶望します。「あの暴力沙汰も、事故も、死に方も、作者がキャラをぶっ殺したかったわけではなく伏線だったのか……」と絶対思ってしまうはず。とにかく、あらゆるシーンが無駄なく結末に繋がっていくので、心して読んでください。

 まあ心して読んだところで、真相が見えるわけもないんですが……。だからできれば、読了後にすぐ再読してほしいですね。

 

【東京結合人間】

 最高に伏線に痺れた。そして怒涛の展開に頭が追い付かない。何が起こっているのかわからないけどすごい事態になっていることだけはわかる……それほどに読者を振り回す作品。傑作。一ページ目から性行為をしているってところを除けば、わりとまあまあ比較的人に勧めやすいこともないことはない、かな……。

 

ランキング

  じゃあお前、結局何が好きなん? って話になるからまとめておきます。

  1. 東京結合人間(傑作なんだってば。今度ネタバレありの記事載せるから読んで。最後の最後まで私は振り回された。もう何も信じられない。二人の男女がセックスをするといったいの化け物に代わるという特殊設定ミステリ)
  2. そして誰も死ななかった(全員死んでからが本番。何を言ってるかわからないでしょ? 気になったらすぐ読んで。本当に、全員が死んでから始まるから。)
  3. 首無館の殺人(短編にもかかわらず、白井智之の良さの全てが詰まっている。私が人に勧めるなら、まずこれを読ませたい。アンソロジーだから、もし気に入らなくても他の作家の作品も読んでもらえそうだし。ほらページ数も少ないし、どうぞどうぞ!)

ISBN:978-4-06-294094-8:detail

 

まとめ 

 なにがいいたいかって、白井智之は最高。結局それ。

 読む人は選ぶと思うけれど、一部の性癖の人にはぶっささるはず(私みたいに)。でも無理して読んでもらうのも嫌なので、気に入りそうだなあとなんとなく思った人だけ読んでいただければと思います。私は、世の納得できないものを振り切って殴るその作風が好きなので、たぶんこれからも中毒的に読み続けてしまいそうです。

 正論とか、既成概念とか、そういうしがらみを殺す勢いでストーリーを進める白井智之の狂気に、一度は飲まれてみるのもいいんじゃないでしょうか。

 

 

作品リスト

・『人間の顔は食べづらい』

食糧危機を乗り切るため、人間の肉を食すようになった世界。人肉センターで起こった事件の結末は…? 色々と無理な部分はあるものの、完成度は高いデビュー作です。

・『東京結合人間』

人間が結合します。がしゃん。2016 年本格ミステリベスト8 位。

・『おやすみ、人面瘡』

体に浮かび上がった瘡がしゃべり始める奇病の世界で織りなされる多重解決。完全に舞台が仙台の街並みを指しているから各所から怒られそう。2017 年本格ミステリベスト5 位。このミステリーがすごい8位。

・『少女を殺す100 の方法』

本格ミステリからメタミス、グロ、ギャグなんでもありの短編集。本当になんでもOK な人に読んでほしい。ちょっと意外な印象を受けるかもしれない。タイトルのせいでネットでプチ炎上してた。2019 年本格ミステリベスト8 位。本人曰く「僕が考えたタイトルはもっとまずかったけど担当編集者さんがいいのを考えてくれた」そのタイトル気になる……。

・『お前の彼女は二階で茹で死に』

様々な奇病が登場する連作短編集。というかもはや長編。下品で不快、しかし傑作。これも「ミミズ人間は便所で茹で死に」というタイトルを提案したところ、担当者に「そんなタイトルの本は買いたくない」と一蹴されている。

・『そして誰も死ななかった』

孤島の館!集められた奇妙な客人!そして全員死ぬ!え、タイトルと違う?…………ふふん。

【未収録短編】

・首無館の殺人(謎の館へようこそ 黒)

館で監禁。これは最高傑作の短編だと思うのでぜひ。本格ミステリ30 周年記念に刊行されたアンソロジー

・ラビット・ボールの切断(平成ストライク)

白井×新宗教というパワーワードなテーマで書かれた、局部が切断される話。他にも有名作家が平成の大事件をテーマに書いています。震災やら脱線事故やら。

・毒入りクリームパスタ事件(同人誌 薄禍企画 mint.vol1)

最初の一行目から最低。しかし面白い。

・ちびまんとジャンボ(本格王2019)

 ゲロ。吐瀉物。下品。しかしミステリとして成立してしまっているのは、何のバグですか?