午前五時の殺風景

表染という、ミステリとホラーを好む社会人が書いています。日々言葉が死んでいく。

【紹介】そのナイフでは殺せない

今回は、森川智喜先生の最新作『そのナイフでは殺せない』の書評をします。
 
 
正直、書評をそんなに読むわけではないので読書感想文になっていたら申し訳ないのですが、気負いせずゆるゆる書いていきます。あ、ネタバレはしません。しかしネタバレの線引きも人それぞれだと思うので、過敏な方は見ないことをお勧めします。書評を見てからの方が楽しめたり購買意欲がわいたりする方もいますし、何も知らずに読んだ方が感動を得られる人もいますからね。
 
さて、まずは森川智喜先生について。1984年生まれ、香川県出身。京都大学の大学院を卒業し、当時は物理学を専攻していました。在学中は京都大学推理小説研究会に所属。有名な作家を何人も輩出しいるあのサークルです。部員は必ず創作ミステリを提出し、それに対して先輩が厳しく赤チェックを入れていくというかなり執筆活動に本腰の入れたミス研ですね(それに比べると我が大学のミス研はゆるゆるです)。森川先生もその時から創作活動はしていましたが、あまりに変わったタイプのミステリを書くため、先輩方からはあまり受け入れられなかったそうです。ただ、同級生や後輩が支持者となったおかげでここまで伸びてきました。ちなみに、京大ミス研には、森川先生が当時部誌に発表していた作品を集めた短編集があるとか。ぜひ読んでみたいですね……販売はしていないのが残念です。
そんなこんなで2010年、『キャットフード 名探偵三途川理と注文の多い館の殺人』でデビューを果たします。何にでも化けられる化け猫と、名探偵が出てくるお話。その4年後の2014年に同シリーズの2作目『スノーホワイト 名探偵三途川理と少女の鏡は千の目を持つ』で第14本格ミステリ大賞を受賞しました。こちらは、何でも教えてくれる魔法の鏡と名探偵が出てくるお話。
 
 
その後も三途川シリーズ以外に、『一つ屋根の下の探偵たち』『レミニという夢』などのノンシリーズ物も出版。現在恐らく13作出ています。(未読の人、今ならまだ追いつけるぞ!) 大学時代の勉強を活かし理系的要素が見て取れる作品も書いています。『半導体探偵マキナの未定義な冒険』はロボットもの、『未来探偵アドのネジれた事件簿 タイムパラドクスイリ』はタイムトラベルものです。SFミステリの枠に入れても良い作品だと思います。未来探偵は、開始数ページでだいぶ衝撃を受けると思いますので覚悟してお読みくださいね。そしてみんなで叫ぼう「因果相転移!」
 
 
 
このように数々の作品を生んでいるわけですが、そのいくつかは、毎年12月に出版される『本格ミステリベスト』にもランクインを果たしています。期待の若手ミステリ作家の一人ではないでしょうか。
 
作風の話に入りましょう。先程「変わったタイプ」と書きましたが、それがどういうものなのか。簡単に言うと、特殊設定ミステリです。現実世界とはかけ離れた設定を基盤にして書かれたミステリのことです。森川先生の作品には、このタイプが多い。例えば先程書いた『スノーホワイト(以下略)』ですが、これには魔法の鏡が出てきます。
 
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだれ?」
「それは白雪姫であります」
「なんですって!? どこの子娘よ!」
 
というあれですね。こんなものがあったら、推理小説は破綻すると思いませんか? だって犯人の名前も犯行手順も、推理なんかしなくたって鏡に聞けば全部教えてくれるのだから。ですが森川先生はこのアイテムを巧みに組み込み、そして予想だにしない使い方に広げていきます。他の作品もそう。化け猫、人の言語をめちゃくちゃにする天使、記憶を盗める指輪……ミステリの世界を掻き乱せそうなアイテム勢ぞろい。この手のものを託したら森川先生は輝きを増します。
 鏡やら猫やら、平和なワードが飛び交いましたね。まさにファンタジー。かわいい。そんな印象を抱いた方もいるのではないでしょうか。しかしその一方、彼の作品を読んだかたなら必ず思うでしょう。
 
「この人、腹の内はブラックでサイコパスでは?」
 
 この人の発想力は豊かでいつも良い意味で期待を裏切ってはくれるのですが、その裏にある狂気が見え隠れしている。ファンタジーの世界から内臓を引きちぎるような残虐さを覗かせることが、多々あります。このギャップの存在が、森川作品の魅力の一つなのでしょう。強いて言えば、小林泰三先生の『アリス殺し』をより愛嬌あるものにした、と表現すればいいでしょうかね。
 
 
 
 さあさあやっと本題。『そのナイフでは殺せない』2019225日に初版が発行されました。約2年ぶりの新刊です。だいぶブランクがあったので、もう筆を折ってしまったのでないかと心配していました。今作も、特殊設定ものです。もっと発売が注目されても良いかと思ったのですが、同時期に某荘殺人の続編が出たことが話題に上り霞んでしまっていた気がします。悲しい。正直、あまり本屋でも見かけないです(だから私が宣伝するしかないと思い書いている)。だから見つけたらすぐ買おう! あの時見つけたタイミングで買っておくべきだったと後悔する前に!
 まずあらすじを。自主映画撮影を行っている大学生の七沢は、ひょんなことから“死なないナイフ”を手に入れます。いや、一時的に死ぬ、と言った方がいいですね。そのナイフで殺された生物は、1632分になると生き返る。その性質を利用し、七沢は動物を殺し、撮影し、生々しい映画作りを行っていきます。そしてその七沢を執拗に追うのが、正義感溢れる刑事の小曾根。壊れていくのはどちらなのか、そしてラストに待っているのは……?
 
 こんな感じですね。帯には「予測不能な結末が待ち受ける、ノワール・ミステリの新境地」と書かれています。その言葉通り、この作品では森川先生のブラック(ノワール)な部分が全面的にでています。人によっては、少しグロテスクな描写や残虐性のあるアイデアに嫌悪感を感じる方もいるかもしれません。人間の臓器、悪臭、等々のリアルな描写が苦手でしたら、この作品はお控えください(そしてスノーホワイトを読もう)。
注目すべきはナイフの使い方。きっとほとんどの人は「むかつくやつを一回ぐさっとやりたい!」と思う程度で思考は途切れます。しかし森川先生は、そんなはずはなく。現時点で皆さんが思い浮かべた以上の使い方を提示してくれます。それにより二転三転四転していく物語に、ページをめくる手が止まらなくなるでしょう。「そんなこともできるの!?」「その発想は無かった!」と何度も驚いてください。そんな気持ちに浸っていたら、400ページなんてすぐ読み終わります。文章が読みやすく比較的ライトに書かれているおかげでもありますがね。作風さえ問題なければ、すんなり読めるのではないでしょうか。ラストに関しては、確実に予測不能です。皆様裏切られてください。
そしてこの人の書くミステリの面白いところは、事情説明が完全に後回しにされるところ。オーソドックスな推理小説では「こういう推理をしました、よって犯人は君だ!」とい手順で進むのですが、森川作品の場合、突然物語が反転します。何が起こったのかわからず混乱する読者を焦らしに焦らしてから、「実はこういうことだったんだよ」とネタばらし。その“わけがわからない”から“納得”に変わる瞬間を、どうぞお楽しみください。待たされるのも、案外楽しいものですよ。
加えて、この作中では倫理観について大きく問う箇所があります。人を殺すとはなんなのか? 何が罪なのか、何を法で裁くべきなのか、法とは何か? 頭の中にあるその固定観念、一度ぐちゃぐちゃにかき乱してみてはどうでしょうか。余談ですが、更にかき乱したい人にはこれもおすすめ。小林泰三先生の『玩具修理者
 
 
 
欠点として、登場人物に不快感を感じてしまう点が多々あるかと思います。もしかしたらわざとそういう風に書いているのかもしれませんが。読了後は、展開を形成するためには確かにあのキャラクターで書くべきだったと納得はできたのですが、やはり序盤それがわからないまま読んでいくのは、多少は負荷になるかもしれません。ただそれを乗り越えた先に面白さがあることは保証します。
 
長くなってしまいました。ほとんど著者紹介ですね。ですがこれでよかったのだと思います。私が言いたいことは結局「森川智喜を読め」ということなので、それが少しでも伝わっていたら幸いです。ではここらで終わりにしましょう。
 
森川智喜を読め!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!