午前五時の殺風景

ミステリとホラーを好む社会人。音楽もたまに。日々言葉が死んでいく。

【白井智之】追記

 先日、白井智之先生についてのブログを書きました。いろいろと魅力やおすすめの作品を語ったのですが、正直書き足りないというか、だいぶぼかしてしまったなあと思うところがあったので、今日は追記をします。

 たぶん前回の記事より思いつくままに書きます。また、他作家の名前を出してしまうこともあると思います。それは批判の意思ではなく、比較したうえでの各々の魅力であるということだけ念頭に置いて読んでいただければ幸いです。

 

 

多重解決自体もすごいけど

 白井作品の魅力の一つは多重解決だと、前回書きました。しかし私は、「多重解決が実装されていること」が強みだといるわけではありません。

 『そして誰も死ななかった』が一番顕著だと思うのですが、出てくる推理は本当に多様なもの。専門知識がないと思いつかないものもあれば、伏線が明確に示して誰でも気づきようがあったり、ギャグかよとつっこみたくなるものだったり、古典的なトリックだったり……ジャンルはもちろんですが、そのクオリティにもかなりの幅があると感じました。一つ一つの推理のエレガントさでは、おそらく井上真偽先生の『その可能性はすでに考えた』のほうが勝っていると思います。あれは、だいぶ状況を信頼しすぎているとはいえ本当に緻密。

 では何故、白井作品の多重解決を絶賛しているのか。それは、まとまりがない推理を一つの作品に仕上げているからです。

 普通、推理の系統はそろえるじゃないですか。そうしないと物語が整わないから。固いロジックの中に一つバカミス的要素を入れたって、汚点になってしまうはず。でも白井作品は、どんなにしっちゃかめっちゃかでも作品の中に収めてしまう。

 それが許されているのは、やっぱり作風あってこそではないかと思うのです。白井ワールドって、呼吸をすることと同義なくらいの自然さで人が死ぬじゃないですか。躊躇なく殴るし。それくらい倫理観のねじ曲がっている世界だからこそ、どんな推理でも許せてしまうのではないでしょうか。(だって、下品な言葉を連呼して人の顔面をたたき割るのが普通の世界では、ロジックなんて些細な問題になるでしょ。)

 

グロミステリについて

 グロテスクといえば、私の中では綾辻行人先生だったんですよ。13日の金曜日をオマージュした『殺人鬼』や、『眼球奇譚』などなど……。そこに出てくるグロさは、物語の伏線というよりは雰囲気づくりに必須な描写だと思っていて。綾辻先生の作品は、自分という存在の不確かさやすんなり呑み込めない奇妙さを書いていて、それを構成しているのはまさにあの書き方(血生臭い描写)だと思うんですよ。それに慣れた状態で高校生くらいまで読書を続けていた私は、結果、白井作品に惚れ込みました。

 だって、まさかその「グロさ」が伏線になっているなんて思わないじゃないですか……。誰かから受けた凄惨な暴力も、嘔吐も、すべてが伏線なんですよ(いや、性癖なときも稀にある)。私の十八年間で培った常識をぶち壊してきた男、白井智之……恐ろしい。

 何はともあれ、いろいろな本を読んできた経験があるからこそ好きになれたっていうのは大きいと思います。だから私は、「読書を始めたい」という人に白井智之は勧めないし、たぶん「ちょっと擦れた本読みになってしまった」くらいの人には喜んで差し出す。

※ただし、「最初に20ページだけ読んで無理そうならリタイアして」と一言加えています。どうしても好みが分かれる内容なので。あと脳みそが疲れるよという忠告もする。

 

完璧ではないかも

 絶賛してばかりなのもあれなので、ここをもうちょっと気になる点を一つ。特に『お前のの彼女は二階で茹で死に』『そして誰も死ななかった』なので特に、登場人物の背景との結びつきが薄いような気はします。その人物が何故監禁されていたのか、何故むごい行動をとっていたのか、それが最後まで明かされずに終わることが多い。

 かといって、白井作品の密度がすでにコレなので、更にストーリーを足しても現実味を帯びて気持ち悪くなってしまったり、読んでいて論理にダレてきたりはするかもしれない。だからすごく難しくて意見しづらいんですよね……。フランス料理を食べたことがないから味の想像がつかない、みたいな。贅沢を言うなら、一度そういうのを書いていただけるととても嬉しい! 気になる気になる!

 

小説はしんどい

 以下、私のひどく個人的な意見になりますのでご了承ください。ほぼ自分語り。もし共感者がいたら嬉しい。

 私は、たぶん物語に感情移入がしやすい。すぐどきどきするし、すぐ泣く。とくにあまりにも重い話(家庭不和、いじめ)などに触れると、とても息苦しくてしばらく気分が落ち込む。人間のその湧き上がってくる感情を抑えるにはどうしたらいいかっていうと、一番効くのは理性なんですって。数式を見たり、頭で論理的に考えたりしているとき、心は冷静になる(って心理学の教授が言ってた、たぶん)。

 だから推理小説が好き、特にロジックごりごりの。どんなアクシデントが小説内で起こっても、推理パートでだいぶ冷静になって読めるから。いやそれだけの理由で好きなわけじゃないけどさ……単純に頭をぐにゅぐにゅするのが好きでもあるけどさ……。

 そんなめんどくさい状態だから、白井先生の本はすらっと負担なく読めるんですよ。純粋にストーリーと謎解きでわくわくできる。感情移入する隙もない。実際、白井先生自身もそういう重いニュースで気が落ちるタイプらしいので、私は読むべくして読んでるなあ。運命だ、やった~! 

 

 最後に

 はい、といわけで。追記もそろそろ終わります。レビューとかではなく、これもう私のラブレターみたいになってるもんな……収拾がつかない……。ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。

 次の記事は、今年の面白かったミステリをまとめられたらなあと思っているところ。(しかしベーシックインカム、カナダ金貨、法月綸太郎の消息を読まないと書けないのである。)