午前五時の殺風景

ミステリとホラーを好む社会人。音楽もたまに。日々言葉が死んでいく。

方舟 感想

また健康診断で貧血判定をもらった。
貧血皆勤賞だぜ。


噂になっていた『方舟』を読んだので、その感想を書いていきます。タイトルの通りネタバレ有なので、未読の方は絶対に先に進まないでください。
今後の人生の楽しみを潰さないでください。

買えるようにリンクは貼っておきますね。

9人のうち、死んでもいいのは、ーー死ぬべきなのは誰か?
大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。
翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。
そんな矢先に殺人が起こった。
だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。ーー犯人以外の全員が、そう思った。
イムリミットまでおよそ1週間。それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。

以下、ネタバレです。

いつもの白井作品の時ほど細かく書いていません。ご了承ください。

ホワイダニットについて

私は基本的にホワイダニットにあまり魅力を感じていない。ロジックで解くことが正義であり、人の内面なんて突き詰めて考えたところで……と思ってしまっている節がある。
それと同じ考えをしたのが、本作での翔太郎だった。彼は一度動機については不問として、事件の解決を進めていった。

しかし、それが大きな間違いだった。
本作で事件を解く鍵だったのは、ホワイダニットから解き進めることだったのだ。

「こんな状況下で人殺しをする意味があるのか?」
→「この状況でみんなが考えていることは何か?」
→「生きて脱出することだ」
→「では、殺人を犯せば生きて帰れるという構造が潜んでいるのでは?」

という風に考えられていれば、罠に気づけたのかもしれない。自分と翔太郎を重ねて、悔しいという言葉では収まりつかない気持ちになった。

ただまあ、読み返すと犯人がかなり優秀であることがわかる。
一番嫌な死に方を挙げた時の発言だが、

「私は、溺れるのが嫌かな。溺死」

これを読むと、この時既に、閉じ込められる可能性も頭に入れていたようにも見える。さらにこの後、通信アプリが使えることも確認済み。地震が起きてから殺人までのスピードも早い。
どう切り取っても狡猾としか思えない。
何にせよ、全ての真実を掴むのは相当困難だっただろう。完敗だ。

謎解きのヒント

テクノロジーが進化する中、これだけ外界と遮断されたクローズドサークルを描き、それにも関わらず謎を解くためにスマホを多く用いているところが面白かった。
幾度となくさまざまなミステリでテーマにされてきた「何故首を切る必要があったのか?」という問いすらここに結びつけてしまっている。
指紋認証とか、スマホのライトとか、通信アプリとか、何回も出てくるのに、私は全然真相に気づけなかった。
電波が遮断されている時点で「スマホでできることって、音楽を聴くくらいでしょ」と上手く思わせるようにしている。翔太郎が本を読んでいたり、柊一が音楽を聴いているシーンが多いから、そこで意識を逸らされるのが大きい。逸らし方も上手いなと感服させられた。

倫理的な話

神が啓示を与えたのが、とんでもなく冷静な殺人者だったのが面白かった。こういう話は、私のイメージだと定石として「神は主人公(たち)に微笑むか?」みたいなところにテーマが置かれると思うのだけど、本作では、神に選ばれたのは最初から殺人者だった。
その方舟に唯一、柊一が乗っかるかどうか、という話。

ノアの方舟は、方舟に乗せられた家族や動物以外の地上に残ったもの全てを嵐で洗い流し、世界を再生するというような話だったと思う。
犠牲者一人を選んでおきながら自分達は善人であり続けようとする様は、まさに穢らわしいもので、それが洪水で洗い流されるのは確かにノアの方舟に近い。
(だからといって犯人が善人だと思っているわけではないのだけど……。他の人が死んでもいいという判断を瞬時に下せた人を褒めることはできない。)

まとめ?

幼稚園児みたいな感想を言うと、面白かった。
正直「ネタバレ見るな!」という文言を見過ぎたせいで「この後何か起こるんだろうな…逆転するんだろうな…」と透けて見えてしまい、素直に驚きづらかったというか期待を超えなかったところはあるのだけど、それでも面白かったことに間違いはない。
鮮烈なラストを突きつけてくれた本作に感謝。年末のランキングの類では、高く評価されたら嬉しいな。