午前五時の殺風景

ミステリとホラーを好む社会人。音楽もたまに。日々言葉が死んでいく。

そして誰も死ななかった 感想

最近チェンソーマンを読んだ。
悪魔のデザインが気持ち悪くて良い。

『そして誰も死ななかった』(著:白井智之)の文庫化に伴い再読をしたので、今日はそのあらすじ、登場人物紹介、感想を書いていきます。


登場人物紹介は微妙にネタバレを含みます。謎解きに大きな影響はありませんが、展開を楽しみたい方は読了後に読むことをおすすめします。感想はごりごりのネタバレ有りですのでご注意を。

あらすじ

大亦牛男は、死んだ実父の残した原稿『奔拇島の惨劇』を自分名義で勝手に出版し大ブレイク。その後奔拇島は実在する島であり、民族が大量死する原因不明の事件があったことが判明した。死に際の彼らはこう話していたらしい。「みずをくれ」……と。
その数年後、牛男を含む五人の作家は天城菖蒲から無人島へ招待を受ける。その先で五人を待ち受けていたのは、凄惨な殺人劇だった。
長編にしてまさかの全体の半分以上が推理パートに費やされるという、謎解き超重視の本格ミステリ。平和なタイトルとは打って変わり、中身は白井智之らしい無慈悲でユーモラスな悪夢の連続だ。多重解決の鬼才が仕掛ける推理劇を、頭が痛くなるほど堪能できる一冊。
一つ注意として、読む前にアガサクリスティの『そして誰もいなくなった』は読んでおいた方がいいかと思う。白井作品の方は、クローズドサークルにおける基本的な推理の組み方を知っている前提で進められている気がするので、オーソドックスな展開は知っていた方が飲み込めるし、比較もできて楽しい。あと、白井作品から読むと突拍子もないことが起こり過ぎて刺激が強い。

その他、新本格で読んでおくと良いかもしれない作品はこちら。

登場人物紹介(微ネタバレ有)

条島の館の関係者

  • 大亦牛汁(本名は大亦牛男) :一冊の本がバカ売れした挙句デリヘル『たまころがし学園』の店長となる。代表作は『奔拇島の惨劇』
  • 金鳳花沙希(あいり):トップデリヘルであり作家。代表作は『春宮鈴子シリーズ』『デリヘル探偵の回転』
  • 四堂饂飩:デブ。実家は靴屋。代表作は『ギャラクシーレッドヘリング
  • 阿良々木肋:小柄な自殺幻想作家。代表作は『最後の食事』
  • 真坂斉加年:医者であり作家。代表作は『甦る脳髄』
  • 天城菖蒲:招待人。代表作は『水底の蝋人形』『水底草子』

その他

  • 茂木:牛男の編集者
  • 秋山雨:摩訶大学教授
  • 錫木帖:牛男の実父
  • 榎木桶:牛男の友人(?)
  • 綾巻晴夏(偽名):秋山雨の娘
  • 玉島:たまころがし学園のオーナー
  • 三紀夫:たまころがし学園のドライバー

※ちなみにデビュー作『人間の顔は食べづらい』にも同じ名前の人物が登場する

  • 齊藤運也:晴夏を撥ねた運転手

感想(ネタバレ有)

晴夏のプレゼントの話

晴夏から牛男に渡したプレゼントは、短針のみの腕時計だった。時間錯誤のトリックに使うとはいえそんな都合の良いものがあるのかと思って調べたら……あった。
「長針」「短針」を2つの時計でシェアするペアウォッチ 『JAM WATCH -SHARE HANDS-』 2020年1月25日(土)より新発売|株式会社 JAM HOME MADEのプレスリリース
ペアウォッチ。晴夏は本当に牛男のことが好きで、おそらくもう片方の時計は持っていたのだろうと推測できる。ただ、読んだ限りその時計を晴夏が付けている描写は無い。

律儀に読者にヒントをくれていた話

  • 晴夏が牛男に時計をプレゼントしたシーンで「ひょっとして先生、左利きでしたか?」「でしたら大丈夫です。すみません」と言っている。これは時計のツマミが右についているため、左利きの人が右腕にはめたときに調整がしづらいだろうという配慮からの発言だと考えられる。そしてこの気づきが、終盤に牛男とあいりが使った偽推理の突破口となるものだった。
  • ホテルで牛男が晴夏を殺しかけたシーン。『枠に残った牙みたいな鏡に、晴夏の目玉がいくつも並んで見えた』とあるが、これも偽推理のザビマスク見間違い説に繋がっている。また、この事実があったからこそ最後に牛男は偽推理を組み立てることができた。
  • 船の上であいりと牛男が『水底の蝋人形』について語るシーン。ここで牛男は「死体は水に浮くだろ。蝋人形は水に沈んじまうから、水死体の再現はできないんじゃねえか」と言ったところから、水死体談義が始まる。これは後に饂飩の殺害現場に関する推理と繋がる。
  • その他、ヒントとまでは言えないが細かい暗示はあった。摩訶不思議ちゃんを拾いあげる牛男はザビ人形の移動と関連づけられていたし、居酒屋『べろべえろ』で食べた蛙の姿はラストの犯人と重なったし、『昆虫人間の顔面串刺しショー』は真相で使用している時限装置を表したような言葉になっていた。面白いと思ったパワーワードが悉く利用されている。
  • タイトルの『そして誰も死ななかった』これはただのオマージュではなく、「晴夏が全員とセックスしていた」という、犯人が気付いてしまった最悪の事実を指していた。

小ネタの話

  • オチまで読めば色々と察するところも多いと思うけれど、やけにネタを挟んでいた印象が強い。例えば『白峰市』『兄崎市』『能見市』という地名はまあまあギリギリ許せるとして、『あにさきスイートホテル』なんて露骨にもほどがある。更には『劇団ビルハルツの顔面串刺しショー』とあるが、これはビルハルツ住血吸虫という線虫のような寄生虫の名前から来ている。最初から隠す気はさらさらなかったことがよくわかるが、それでも白井智之の熱心な読者の中には「こういう路線のグロも書くのか!」と衝撃を受けた人も多かったと思う。
  • 実は牛男は、饂飩に一度出会っている。晴夏をホテルで殺しかけた日、財布を忘れてホテルに引き返しているがその時にいた清掃員が饂飩である。肋との出会いも探してみたが見当たらなかった。

総括した感想

  • 「最後に死んだのは誰か?」が「生者を演じていた死者は誰か」に変わり、最終的に「本土を出てから何が起こったのか?」になるという、本題の移り変わりが楽しいミステリ。
  • 伏線が丁寧に張られている。そんなところまでやるのか、最初から何もかも計算尽くしじゃないかと、最後まで読んだら叫びたくなる。どこまで細かいプロットを作って書いていったんだろう。読み返してみると、さらっと描写に書いてある伏線もあれば、「そういう世界観だから」と見逃してしまいそうな独特な部分に明記しているものもあるのが面白い。
  • 多重解決のオンパレードは、踏み台となった推理たちは少し煩雑でありながらも尤もらしく理屈を並べているし、最後の牛男とあいりの偽推理&真実では時計や痛覚など読者の引っ掛かりとなっていた部分を丸ごとすっきり回収している。
  • 私個人的な性癖の話をすると、牛男が肋に煙草を渡してから床に投げつけるシーンが好きだった。「あはははは、死ね」という台詞、辛い時に使っていきたい。

こんな感じで、気づいた部分は書きました。でもまだ見逃しているものがありそうなので、その都度追記していこうと思います。
長々とお読みいただきありがとうございました。最後に角川公式があげていた、白井先生の条島イラストを載せて終わりましょう。
https://twitter.com/kadokawashoseki/status/1178614318398459905?s=21