午前五時の殺風景

表染という、ミステリとホラーを好む社会人が書いています。日々言葉が死んでいく。

デスゲーム系ミステリのアンチでありファン

タイトル通り、表染はデスゲーム系ミステリのアンチでありファンである。たぶん。きっと。

読了後、(平凡な社会人に過ぎない身分で)かなりぐちぐちと文句を垂れるくせに、読むのをやめられない。お世辞抜きで絶賛できるデスゲームを求めてつい手を伸ばしてしまう。

というわけで、今日はとても偉そうに、デスゲームについて書く。

※私がミステリ読みのため、評価基準がどうしてもそれに寄ってしまうところは多めに見ていただきたい。

 

デスゲームで私が期待している点を書いてみた。

1. グロテスクな事件、描写

2. 極限状態に置かれて欲望がむき出しになった人間 

3. ゲームの厳密性(ロジック)

4. ゲーム開催の理由に対する解釈

5. 世界観と登場人物のアクションの整合性

この中でも特に重要視しているのが、3,5である。

 

3について。デスゲームの面白さは、リアルタイムで進化していくような没入感を読者が体感できるところにある。にもかかわらず、作品と読者の間で何かしらの厳密なルールがないとなれば、現実に引き戻されざるをえない。私は「そんなルールは聞いていない」と感じたどんでん返しは、何も感動できない。ただ、読者を置いてけぼりにするほどに勝手なスピード感で進められていく理不尽なデスゲームとして書かれるのであれば……これはまあ無くても良いのかもしれない。

5について。例えば、一介の高校生に過ぎないのに、グロテスクな死体を見てもほぼ動じない。一介のサラリーマンが、異常事態に異様に冷静。こういったものに私は違和感がある。だったら倫理が壊れた世界を書いてくれ、と思う。平凡な世界からデスゲームに巻き込まれた人を書くなら、それ相応の逼迫感が欲しい。

正直、この二つが出来ているならほぼ面白い。1,2は読者の性癖と作者の力量に大きく依ってしまうから一概に求めるわけにもいかない。4は世界観次第では書かなくても良いものだと思う。(ただ、散々主人公たちがゲームの開催の意図を汲もうとしているのに最後まで明かされないという場合は、納得ができない。)

例であげると、映画『CUBE』はゲームの開催理由は厳密には明かされないが、あれは雑に片付けることで無力感を出しているので非常に好み。

キューブ (Cube)

キューブ (Cube)

  • ニコール・デ・ボア
Amazon

 

こういうことを悶々と考えながら読む中で、格別に面白い本を何冊か紹介しておく。

クローズドサークルミステリ。デスゲームかと言われると微妙なのかもしれないけど、面白い。実写映画版はあまり……気に入らなかったけど……。

 

貴志祐介先生は、圧倒的な技量と緻密なプロットとスピード感を持ち合わせている天才なので、面白くないわけがない。

 

ネットで散々ディスられているのをよく目にするけれど、なんだかんだで猛スピードで読んでしまう。同作者の『時限絶命マンション』『箱の中の天国と地獄』も気軽に読める。少なくとも、ティーンズ向けに書かれる映画化しやすいデスゲーム小説よりはロジカル。(それを批判しているわけではなく)

 

二作目に収録されている『少女ミキサー』は、グロテスクで、倫理のかけらもない世界で、少女が巨大ミキサーからの脱出を試みる話。CUBEに似たときめきを感じる。

 

ネットのよくあるまとめ記事と同じようなラインナップになってしまった。それもそのはずで、小説として整合性のあるデスゲームを書くのは難しいのだ、きっと……。理由をつけなければいけないことが多過ぎる。

 

うるさくここまで書いてきたが、面白さに関わらず、デスゲーム系ミステリは、平凡な生活を送れていることに改めて感謝をするきっかけとなる。お金を払えば食事にありつけ、寝ている間に殺される可能性も(まあ0ではないが)かなり低い。悩むことも多いけれど、命の心配が少ないこの日常はありがたいものだ。

 

ぜひ現実に疲れた時は、列挙した本を読んで生命の危機を感じていただきたい。